獣害対策に島丸ごと観光農園化。農家が地域を活性化する原動力になる/有限会社宮川洋蘭代表取締役、くまもと☆農家ハンター代表、株式会社イノP CEO宮川将人さん

地域の役に立つために始めたのは獣害対策

熊本県宇城市にある戸馳島は、九州を小さくしたような形をしています。3千人いた人口が現在は千人になり、30年後には3百人になると言われるほど、急速に人口減少が進んでいます。この島にある有限会社宮川洋蘭の宮川将人さんは、家業の洋蘭だけではなく、獣害対策を行う株式会社イノPを立ち上げ、さらに島全体に人を呼ぶべく様々な仕掛けを行っています。

戦後に祖父が花木を始め、父が洋蘭業を始めました。洋蘭が成功すると、周囲の農家にもそれを教える活動として「五蘭塾」を立ち上げました。宮川さんがその後を継ぎ、15年前から始めたのがネットの販売です。ネットのショッピングモール内で売上1位を記録するなど、今では売上の2/3がネットからの販売だと言います。順調に家業を伸ばしてきた宮川さんに転機が訪れたのが、好調過ぎるネット販売からくる過労により倒れた約10年前。「34歳のときに過労で死にかけたことで、売上だけを追い求める事業ではなく、地域のために役立つことをやっていこうと悟った」と宮川さんは話します。そこで始めたのが、獣害対策でした。猪が町に下りてきて、畑を荒らすだけではなく、道路で車やバイクとぶつかるなどの事故を起こしており、このままでは町に住みづらくなり、人がいなくなってしまうと危機感を覚えました。

ICT✖️獣害対策で農家の若手を育成

宮川さんは言います。「獣害対策は農家自身がやる課題。ここで暮らしている人が頑張ることが、農村そして地域の課題解決につながる」。イノPで行っているのは、銃を用いた狩猟ではなく、山から下りてきた猪だけを箱罠で捕まえるというもの。そして狩猟で必要な勘と経験の差を埋めるために、ICTを用いています。これにより誰でも行うことができ、現在の捕獲数は約千頭で頭打ちとなって減少に転じているそうです。この方法は、地域の担い手をつくるために若手農家を育成したいという思いから生まれました。宮川さんの考える中山間地域の資源は、猪をはじめとした獣と、若手農家。この2つを掛け合わせ、最新の技術を使って若手農家が獣害対応をすることで、副収入を得られるだけではなく先輩農家など地域の人から感謝をされ頼られて居場所ができるようになると考えています。現在は担い手育成を熊本県内や他の地域へと広げ、市町村と契約をして、講習会やOJT、箱縄の販売などソフトとハードの面からサポートを行っています。

また国連公式サイトでSDGsの優良事例として掲載されていることから、SDGsの授業や講演を行なっています。この活動は、次世代の担い手作りの教育という目的だけでなく、イノPの活動の応援団をつくるという目的があります。イノPでは講演や、農家ハンター通信という約3.4百人に送付するメルマガなどの情報発信を通して、応援団を増やしてきました。ホームページでは多くの個人や企業・団体が紹介されています。応援団をつくろうとした理由の一つに、宮川さんがEC販売での経験がありました。EC販売のサイトに、自身の失敗談をあげたことで、通常サイト訪問者購入率が通常の3倍以上に高まり、その年の総合ランキング1位に輝きました。ここから共感してもらうこと、共感から応援してもらうことの大切さを知ったと言います。

獣害対策のその先に

イノPは当初、応援してくれている方達に向けてクラウドファンディングを行っていました。6回実施し約1,300万円集めましたが、毎回応援者に向けてお願いしていくだけでは持続可能ではないと考え、会社を興しました。そこから加工場を作り、ICCサミットの「フード&ドリンクアワード」でグランプリを獲ったジビエソーセージやハムから飼料まで、捕獲した猪の血1滴も残さず利用しています。また、この飼料を使い、獣害被害で耕作放棄地となった畑の再生のプロジェクトも始めました。こちらは株式会社ソラシドエアと包括連携協定を結び、「ソラシドエコファーム」を2023年に開園しています。

昨今、急激に伸びているのが、鴨による被害になります。こちらもイノP独自のICTを活用したシステムにより、鴨を捕獲してジビエとして加工し、ふるさと納税の返礼品にする動きも始まりました。猪は夏〜秋にかけて捕獲することが多く、鴨は反対に農家の閑散期でもある冬がメインとなるため、加工業の安定的な雇用にもつながることが期待されています。宮川さんのたてる目標の中に、「百人の雇用を生み出す」というものがあります。現在の進捗率は1/3。家業やイノPをはじめ、JICAなどの研修受け入れなど、さまざまな仕掛けから雇用を生み出しています。

島全体を観光農園に

宮川さんが島で行う仕掛けの中で、島に子育て世代を呼び込むという取り組みがあります。そのために、まず率先して始めたがイチゴ狩り用のイチゴ栽培です。さらに一工夫を行い、ポットでイチゴを栽培しているため、イチゴ狩りしたあとに、イチゴのポットを持って帰ることも可能です。2023年1月にはじめて、初年度だけで島民数の倍にあたる2千人が訪れました。さらに、胡蝶蘭のネット販売のノウハウによって全国へ配送も開始。そして戸馳島が産地日本一でもある、かすみ草と組み合わせた商品も開発しています。自分たちだけでなく、近隣を巻き込んだ取り組みを進めている1つの事例です。

そして、イノPで行っている耕作放棄地の再生や近隣農家、漁師などを巻き込み、宮川さんが最終的に仕掛けたいのが「島全体観光農園」プロジェクトです。戸馳島では、1年を通して、さまざまな果樹や野菜が楽しめ、海の幸も豊富です。そこで、それぞれの農家から畑の一部、数本の果樹を借りて、宮川さんたちが、その日その日で島のあちこちへ送客することで、島内の農家は生産をしながら観光客も受け入れることができ、島のみんなにチャンスがある仕組みになっています。最後に宮川さんは「日本の多様な食を支えているのは、中山間地域の小規模農家。この仕組みを活用できれば収入も増え、何よりお客さんの『おいしい』という声が何よりモチベーションにつながる。そしたら新規就農もしやすくなるし、持続可能な農村になると思う。そしてこの島で起きた奇跡は九州のモデルに、そして日本のモデルになるかもしれないと信じてやっていきます」と笑顔で話してくれました。