理念に共感した町のステークホルダーとともに持続可能なビジネスで利益を町に還元/蔵王農泊振興協議会会長相澤国弘さん

情報と仲間を集めるところからスタート

宮城県蔵王町は「東北の軽井沢」と言われ、人気の別荘地となっています。その1つが天然温泉付きの分譲リゾート「蔵王山水苑」。ただバブル以降は別荘地の衰退が進みました。そして当時の代表に経営の立て直しを託されたのが、相澤国弘さんです。2005年に、別荘を管理する株式会社Nコーポレーションの所長代理として着任した相澤さんですが、蔵王にそれまで縁もゆかりもなかったため、まず始めたのは、蔵王町での情報集めや仲間づくりでした。

当時、別荘地には約60世帯の定住者がおり、まずその定住者達へのヒアリングを始め、そしてそこから町の金融機関、行政、地域企業などさまざまな人を紹介されました。そして次に、紹介された人達と多くて週に1度などの頻度で情報を共有する勉強会を立ち上げます。これは、「蔵王福祉の森構想」として形になり、現在も月1の会合を開催しています。

既にある資産を活用し、地域に雇用をつくっていく

当時の定住者はほぼ高齢者だったこともあり、最初に出てきた要望は「セーフティネットの確保」でした。そこで蔵王福祉の森構想は、「医療と福祉を切り口にしたまちづくり」を理念に掲げ、この理念に基づいて事業を次々に立ち上げていきました。まずは医療法人、社会福祉法人を立ち上げ、別荘地内に介護老人保険施設や、特別養護老人ホームなどを開設します。

ある時は、敷地内にあるビルから撤退する事業者から相談があり、社会福祉法人を立ち上げてビルを取得し、障がい者の就労訓練支援施設を開設。生徒の寮(グループホーム)は空き家を活用し、スタッフは別荘地に定住している方など地域住民を雇用。そして、就労訓練先や卒業後の働き先の1つが敷地内の福祉施設などになっています。

またある時は、近所にある農産物の直売所が閉鎖となり、そこに卸していた農家が相澤さんに直売所を開設してほしいと相談にやってきました。そこで、約30世帯の農家たちとともに農業生産組合を立ち上げ、新しい直売所を開設しました。直売所のスタッフは、別荘地へ移住してきた地域住民が担っています。

そして現在は、相澤さんのまちづくりの理念に共感した約60世帯の専業農家で構成され、直売所での販売だけではなく、仙台市内のスーパーへ出荷、市内の小学校の給食への食材提供、特別養護老人ホームなどへの食材提供などを行っています。さらに、特別養護老人ホームなどの給食は、障がい者の社会福祉法人が作るというように、既にある資産を活用しながら、また地域内で雇用を行い、人材を含めて地域内で循環するような仕組みで事業が拡大していきました。

農泊で地域の課題を解決

相澤さんが就任当時は衰退していた別荘地ですが、住民の声を聞き対応をしてきたこと、そして地元の建設会社とともに地域ゼネコンのように建設業までワンストップで請け負い、リフォームなどを自分たちで行っていくことで、売買が増え、移住者が増加していきました。約100世帯以上の移住があり、現在は170世帯が定住しています。相澤さんは「意識的に別荘の資産価値を上げてきました。さらに私たちはこの別荘地を中心に高齢者や障がい者の雇用を生み出すという社会的な意味からも、ここの地域を気に入ってくれる人がいる」と話します。

「蔵王福祉の森構想」のメンバーとともに様々な事業を立ち上げてきた相澤さんは、「行政機関、農家など町の人たちから聞く困りごとを聞くと、結局は別荘地で抱えていた困りごとと同じ。空き家問題、後継者不足、人口流出など。それなら境界を取り払って全体としてまちづくりをしたほうが別荘地の活用の幅も広がるというひらめきが生まれた」と話します。そして、空き家を移住の受け皿や寮として活用していたが、需要を満たすより空き家の増加スピードが上っていた状況で、2018年に民泊新法が施行されました。そこで、空き家の新しい活用方法が出てきたと、相澤さん達は家主不在型の許可第一号を取得しました。

この蔵王地域の民泊はほぼ農泊と定義されています。相澤さんは農泊について、農家が農業をしながら年間通して客を受け入れるのは難しい。そうなると、誰が代わりにやるのかというのを地域で解決しないといけないと考えました。チェックイン・チェックアウトなどの作業は相澤さん達が行い、さらに清掃などのメンテナンス作業は地域の高齢者や障がい者の方などを雇用する。さらに、宿泊以外の食やコンテンツは地域のものを使っていく。そうなることで、片方で農家の後継者不足や空き家問題を解決し、さらに片方で雇用を生み出していき(宿泊関連で40名弱、全体では200名の雇用を生み出している)、さらに交流人口を増やすことが可能になりました。現在は地域内外に50−60軒の宿泊施設を抱え、年間約7万人が宿泊するようになりました。これらの取り組みは、ヨーロッパで始まった地域まるごと宿泊施設と捉える「アルベルゴ・ディフーゾ」の日本初の認証を得ました。

農泊・民泊を軸にした地域丸ごと活性化を他地域へ展開

相澤さん達は今後、まずこの地域で観光人材育成を考えています。農泊の宿泊者の約6割は海外からの旅行者なので、スタッフは英語力が求められます。そこで、英会話教室を吸収合併し、蔵王町で英語を学べる場所をつくりました。3年後に地域の学校が統合され、廃校となる学校が生まれるので、ここを活用して、蔵王での実施訓練を通して英語も学びながら観光人材育成を進める予定です。現在、民泊マッチングサイトの経営にも関与していることから、観光事業者の株主との付き合いもあり、そこの研修などの受け入れなども計画しています。

また次の段階として、蔵王で行ってきた仕組みを利用し、また今まで獲得した多くのリピーターを活用して、この取り組みを全国へ広げていくことを目指しています。地域内外問わず、空き家相談を多く受けますが、単独では収益を取るのが難しい物件等もありますが、全体として収益を上げていければ、そういう物件も受け入れることができる。まずは新しい人的投資がほぼいらない隣接地域から浸透させていき、他の地域では同じような理念を持っている人たちと連携して、地域丸ごと活性化していきたいと相澤さんは考えています。

最後に「地域の遊休資産をビジネスとして活用し、持続可能な利益を生み出して、そこから地域の雇用であったり、寄付であったり、地域に還元するとういのをずっとやっている。最初にご縁をいただいてから、常に壁が立ちはだかってきた。特に最初の5年は地域内での軋轢も多く、そこから理念を共有できる仲間を集めベクトルを合わせるという時間であり、ここをしっかりしたから次の10年続けることができた。また、壁を乗り越えることがビジネスになっていき、そこに理念という横串を通すことで全体が1つにまとまってきたと思う」と語る相澤さんの大きな笑顔には長年の苦労と町への思いが込められていました。