ジビエを軸にした関係人口づくりで大槌町を全国のロールモデル拠点に/MOMIJI株式会社代表取締役兼澤幸男さん

鳥獣被害は町みんなの課題

三陸沿岸部のほぼ中央に位置する岩手県大槌町は、海沿いの町でありながらすぐ近くに山もあり、近年は鹿などの獣害被害に悩まされています。この課題に立ち上がったのは、大槌町で生まれ育った兼澤幸男さん。大槌町で会社員として働いていた兼澤さんが獣害被害を自分ごととして考えたのは、いつもお米をもらっている父親の実家の米農家が被害を受けてから。20代前半は貨物船に乗って全国を回っていましたが、震災を機に地元で働く決意をして、会社員をしていました。そして獣害被害を実感したことで、自身がハンターとなり、有害鳥獣駆除を始めました。

「駆除する過程で奪った命は大事に食べないといけない」という先輩ハンターの教えを元にしていましたが、自分たちでは消費しきれずに販売を検討するように。そのために必要な加工場建設費の補助などを行政に相談しましたが、「全国的にジビエで採算取れているところは少ない」と断られました。そこで、鳥獣被害は町のみんなの課題であると整理したり、他の地域での成功・失敗事例などから学んだりという勉強会を始めました。当時復興推進隊として活動していた藤原さんを中心に、兼澤さんの他、行政や猟友会などのメンバーが出席し、約2年半で40回ほど開催しました。

周りに応援者を増やしていく

勉強会を重ねるたびに行政側の意識にも変化が生まれ、少しずつ協力的な体制になっていったと言います。ただ加工場の施設に補助金を出すには実績が必要と言われ、兼澤さんは自身で借金をして加工場を建てました。勉強会当時は会社員をしていた兼澤さんですが、中小企業診断士から「二足の草鞋の人は誰も応援しないよ」と言われ、家族の大反対を押し切り退職してジビエ事業に専念しました。2019年12月にMOMIJIを立ち上げ、2020年4月の放射能による出荷制限解除を受けて、同年5月に開業しました。

開業時はコロナ禍で、開業前に営業で見つけた取引先は軒並み休業。そのころは売り上げが入らなかったので、近所の魚屋さんに魚とジビエを物々交換してもらうということもありました。ただ、消費者と生産者を直接つなぐ販売サイト「ポケットマルシェ」と出会い、立ち上げの思いに共感し応援してもらったことで、個人からの注文が50件/日に入るようになりました。さらに9月に「東北食べる通信」にて特集が組まれたことで、個人客とのコアなつながりやファンが増えたと言います。

捕獲や処理で他との差別化を

MOMIJIのジビエの特徴は、鮮度の高さ。全国さまざまな事例を見て学んだ兼澤さんがこだわったのは、鮮度。まず捕獲方法は、頭か首を銃で撃ち抜くこと。「自分は若さしか取り柄がないと思っていたので、その若さで差別化するとしたら、捕獲してから搬入までの時間が早いことだと気づきました」。1時間以内に搬入すること、そして目利き力を活かして若い個体限定にするなど、捕獲や処理方法へのこだわりでブランド化すること成功しました。ただそのため、開業当初は捕獲から加工まで、年間300頭を全て一人で行っていたそうです。

開業1年後からは持続可能なビジネスを目指して、ハンター育成プログラムを開催しています。現在はハンター含めて12名のスタッフを抱えるようになりました。そのほか、契約ハンター27名から鹿肉を受け入れています。2年半の実績を持って国や町の補助金を入れながら、またも自ら借金をして、加工場を大きいものにリニューアルしました。さらに罠で捕獲したものなども受け入れ、全ての命を残さずいただくために、新しくペットフードの販売を始めました。

ハンター育成だけではなく、自分たちの成功モデルを参考に、岩手県内の他市町村でもジビエの利活用に取り組んでもらえるように、OJTを受け入れる伴走支援も始めました。最終的には、県としての基準を設け一定のクオリティ以上の県内ジビエ肉を「いわてジビエ」として、外に発信していく予定です。そこには、今までは1社単独では受けられなかった大手コンビニチェーンのキャンペーンなど、量が必要な案件にも応えていきたいという思いがあります。そして全国に先駆けて県全体で共通の基準を設けることで、全国のロールモデルとなり、最終的には日本全体で海外への輸出など、思いは広がります。

大槌町を全国のロールモデルに

開業後数ヶ月には、捕獲や解体などの体験をコンテンツとして販売することも開始しました。きっかけは、盛岡で受けていた創業セミナー同期が遊びに来て、案内した時に言われたこと。「お金を払って体験したいと思える満足度が高いコンテンツ。自分たちもまた来たいからお金を払わせて欲しい」。これがきっかけに、正式にコンテンツとしてリリース。1人3万円前後という金額にも関わらず、大人気になりました。今では修学旅行生なども来るようになり、年間150人以上が体験しに来ています。そのほか、鹿の革を使ったワークショップなど、ジビエ肉の販売と同じくらいツーリズム事業も広がっています。

これらのツーリズム参加者、そしてハンター育成講座などから関係人口を増やしていくことで、獣害対策だけでなく、ジビエを元にした町おこしという兼澤さんが立ち上げ当初から大事にしていた思いが実って来ています。実際にハンターになりたくて、9名の移住もありました。

今後は、獣害被害で農家を辞めた方たちの耕作放棄地の活用も考えています。今までツーリズムや販売を通して培った関係性をいかして、契約農家・契約農地などの仕組みを作っていく予定です。兼澤さんは最後に「まずは地元の大槌町が地方のいろいろな施策のロールモデル拠点になればいいと思っています。いまは他にやる人がいないから、自分がやっているが、アイデアはいろいろなところで話しているので、ぜひやりたいという人がいたらやってほしい」と話してくれました。