「出口」を確保し、手の届く範囲内で 6次産業化の肝は持続可能性/有限会社金子ファーム 代表取締役 金子吉行さん

金子ファームのある青森県七戸町は、古来名馬の産地として知られました。同社は馬文化の風情を色濃く残す旧厩舎と周辺牧場を、昔ながらの良さを残しながら観光施設兼畜産・酪農用施設「ハッピーファーム」として改修整備。敷地内にジェラート店やレストランなど6次産業化設備や店舗を設置し、来場者が農と食のつながりを体感できる仕掛けを提供しています。

ファーム内にジェラート店とレストランをオープン

金子ファーム2代目の金子吉行さんは大学を卒業し県外の牧場で働いた後、2001年に入社。当時は肉用牛の肥育、繁殖を中心に営んでいました。生産者の仕事は牛を市場へ出すところまでで、その先の流通には携わることができません。金子さんの胸には「一生懸命育てた牛の肉を、自分たちで直接手渡したい」という思いがずっとあったそう。そこで加工業者らに相談しレトルトカレーとビーフジャーキーを開発。これが初めて手掛けた6次産業化商品でした。

2006年、使われず放置されていた75haの馬用牧場を引き継いで「ハッピーファーム」と名付け、牧場を拡大。折しも2010年の東北新幹線・七戸十和田駅開通を控えて周辺は宅地造成や大型ショッピングモールの進出が相次ぎました。そこで、臭いなどのクレームにつながることを避けつつ牧場を身近に感じてもらえるよう、ファーム内に自家製ジェラート店「NAMIKI」をオープンしました。ジャージー牛を育てて絞った鮮度抜群の牛乳から作るジェラートは評判を呼び、またたく間に有名店となりました。さらに2013年、満を持して念願の自社レストラン「牧場ごはんNARABI」を開業。自社の肉をいつでも提供できる店を持つことができました。牛糞はたい肥化して牛のエサを作る穀物畑や観光用の花畑に活用し、循環型の牧場作りを進めました。

ハッピーファーム内には、築百年を超える家屋が残され登録有形文化財に指定されていました。「南部曲屋育成厩舎」と呼ばれる、人と馬が共に暮らすための独特な建築様式です。金子さんはこの貴重な建物を3年がかりで改修、「曲屋KANEKO」として2020年に公開し観光資源として復活させました。6次産業化としては、ファーム内で育てた菜の花から菜種油を取る他、ニンニク卸業者と組んでニンニクオイル、養蜂家とタイアップしてハチミツなどを製造。いずれも金子さんが心から信頼を置く相手と手を組み、品質に妥協せず事業を広げてきました。

売り上げ好調で町を活性化、青森県産牛のブランド力もアップ

一見、短期間に次々と新規事業を立ち上げ急激に拡大したように思える金子ファーム。しかしその陰には、BSEや口蹄疫による牛肉業界へのダメージや東日本大震災後の風評被害、コロナ禍の影響がありました。「なんでこんなにつらい目にばかり遭うんだと正直へこみました、でもそれを乗り越えるためのチャレンジを繰り返してきた」。莫大な利益を上げたくて事業を拡大してきたのではないしるしに、選択してきた道に派手さはありません。ジェラートを始める際に仕入れたのは、高品質だが乳量が少ないジャージー種をわずか3頭。ハチミツやオイル作りなどでコラボするのは個人的に長く付き合い信頼できる相手だけ。余剰の生産物があるからと安易な6次産業化はリスクが大きすぎると金子さんは考えています。「どれだけ作れるかではなく、誰がどれくらい買ってくれるかという“出口”を確保してから始めようと決めていました」。小さな関係性から始め、自分たちの手の届く範囲で作るからこそ生まれる持続的な営み。「持続可能性は非常に重要だと考えています」。

3頭から始めたジェラート用の乳牛は現在15頭。人口1万5千人の町にありながら年間20数万人がNAMIKIのジェラートを食べに訪れます。コロナ禍で多くの飲食店が閉業する中、レストランNARABIは県内外からファンが通う名店として営業を続けています。自社の存続をかけて立ち上げた事業が、結果的に関係人口を増やして町を活性化し、雇用を生み、青森の牛肉・牛乳のブランド力を高めることにつながっています。

「食が生まれる場所」を体感できる牧場づくり

金子さんがファームの整備を通して目指したのは「農こそが食であると知ってもらうこと」。ジェラートやステーキがおいしいと感じたお客さんが店を出ると、そこには生きている牛がいて牧草や畑があり、大勢の人が働いている。「その風景を体感すれば、『臭い』『汚い』と思っていた牧場が『食の生まれる場所』だと実感してもらえると信じています」。

現在、農業人口は減少の一途だ。「農業をなくさないためには、楽しくて面白くて、大金持ちにならなくても稼げる産業にしなければ」と金子さん。最高のシェフも最高の機械も、元の食材が優れていなければ優れた料理や食品を生み出せない。「そこが生産者のやりがいです。だから私は量より質を追求したい」。食べ物を生み出す仕事の誇りを次世代につなぎたい。牛と農家とお客さんが同じ場所にいる牧場から農業の未来を創りたい。金子さんの挑戦は続きます。