大切なのは「人」との出会い。試行錯誤で生まれる農村イノベーション/有限会社平田観光農園代表取締役平田真一さん

年間15万人を集客する観光農園

平田観光農園の歴史は、昭和30年に戦後の日本の復興に貢献するべく、西日本では珍しいりんごの栽培にチャレンジしたことから始まっています。その後、後継者がおらず廃園の危機に直面していたぶどう園の経営を引き継ぎ、りんごとぶどうの観光農園へと発展。台風被害のリスクに備えるために、桃やすもも、さくらんぼ、いちごなどの栽培もスタートさせ、現在は通年収穫を楽しめる観光農園へと成長しました。広島県の中山間地域に位置し、アクセスは便利とは言えない中でも年間15万人の集客を成功させています。

同園の魅力は、果物を使った多彩な体験コンテンツです。長年、収穫体験と果物の食べ放題を提供してきましたが、約20年前にピザ窯を導入し園内で収穫したフルーツを使って楽しむ「フルーツピザ作り体験」をスタートしたところ、大人気に。代表の平田さんは、「お客さんは果物をお腹いっぱい食べるより、収穫したり作ったりする『体験』に価値を見出してくれていることが分かりました」と話します。そこで、体験に着目して生まれたのが「ちょうど狩り」です。最大10品目の果物の収穫を少しずつ体験できる、今までにないチケット制の果物狩りで、現在も好評を博しています。また、森の中で薪を割って焚き火をや料理を楽しむ「ダッチオーブンの森」をオープンするなど、内容を充実させていきました。

体験コンテンツに投資を重ねてきた同園ですが、今は再び、生産品質の向上という原点に立ち返っています。「農業という礎はしっかり築いておかないと、人材が農業に時間を使えなくなり、生産の品質や収量が落ちてしまいます。品質が悪いとお客さんが他の農園に移ってしまうこともある。ここ2年は、生産品質を上げるために生産面に力を入れてきました。体験に加え、品質の良い果物への喜びや驚きがなければお客さんには満足してもらえません」。

また、情報発信の仕方にも変化が現れています。以前はテレビやラジオにCMを流せばお客さんが来てくれましたが、今は週末の過ごし方が細分化され、多くの選択肢の中から観光農園を選んでもらうことが難しい時代です。「お客さんを獲得するには、ここで楽しんだ様子をSNSにアップしてもらい、口コミで広げていくという地道な積み重ねしかありません」と平田さん。個人にフォーカスした情報発信を重視し、ホームページの更新やリニューアルにも注力しています。

成功までは挑戦と失敗の連続

ヒットコンテンツを生み出している同園ですが、そこに至るまでは失敗と挑戦の連続でした。栽培での試行錯誤はもちろん、園内の店舗を閉店にしたり、メニューを開発してはスクラップしたりと、今でもトライアンドエラーを続けています。それでも挑戦を続けるのは、平田さんが「失敗は成長の糧」と考え、挑戦の先にこそ成長があると信じているからです。

もう一つ、同園が成長を続けている原動力が人材です。果樹の栽培だけでなく、ジャムの加工やカフェの経営、ホームページの作成などをそれぞれが兼務し、多様な経験を通して新たなスキルを身につけています。さらにカフェ経営や果物加工などそれぞれの事業を分社化し、優秀なスタッフを社長に就任させます。「社長になると、発する言葉が変わってきます。こうした方が経営がうまくいくとか、こういう投資をしましょう、とか。立場が人を作るんです。彼らがフラッグシップになってくれるので、他のスタッフも頑張って後をついて行ってくれています」。売上や利益などの数字を見る力も身に付き、新しい事業を始める際にも資金計画から考えることができるようなりました。ここでスキルを身につけ、独立を果たしたスタッフも9人にのぼります。

「イノベーションに必要なのは人との出会い」と話す平田さん。「モノや金はいくらでも調達できますが、人との出会いは縁。魅力的な人と出会えてここまで社業を伸ばすことができたことには感謝しかありません。だから、そういう人と出会う努力を一生懸命することが大切なんです」。

地域とも連携し都会と農村の接点に

中山間地域という便利とは言えない立地にあるからこそ、地域との連携も大切です。「自分達の生活は自分たちで守ろう」と、平成29年には同園の主導でコンビニエンスストアを誘致し、直売所が併設された道の駅としてオープンしました。集客できる場所を作ることで、平田観光農園や地域の飲食店などとの周遊性も生まれ、観光客や働く人、住む人といった関係人口も増えていきます。

「ここは、都会と農村の接点。子どもたちが遊ぶ場所や若い人材が働く場所を作って都会から人を呼び込み、気に入ってもらって当園で働く人や地域に定住する人、農業をやってみようと思う人が一人でも増えてくれたらうれしいですね」。体験コンテンツや人材育成など、人を基点とした事業のあり方が同園の魅力を高め、人を呼び込んでいます。